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20ミリシーベルトの本当の意味とは

国が決めた避難基準と校庭の使用制限基準の年間 20 mSv に関して、「20ミリシーベルトは多すぎる」「国は福島の子供たちを被爆させたがっている」「福島県民をモルモットにしている」など、しきりに問題になっている。しかし、国はあくまで基準の 20 mSv を撤回していない。国と国民の一般感情のずれはいったいなぜ起きているのか。

これまで政府からはきちんとした説明がなされていないが、国の考え方は次の図が基本になっている。




これによれば、

緊急時:20〜100mSv/年
事故収束後: 1〜20mSv/年
長期的な目標: 1 mSv/年

となっている。

「えっ?緊急時だと体が放射線に強くなるの?」


と思うかもしれないが、つまり、

「緊急時には、基準を上げないと国全体がヤバイことになるから、多少の被爆は我慢しよう。その結果、ガンになる確率が上がっても、全体から見ればやむを得ない」

ということだ。国は、福島原発の事故が収束していないことから、現在でも緊急時であるとし、その幅の中でもっとも低い 20mSv を採用しているわけだ。この「多少の被爆は我慢しよう」という部分が、実際に被爆する側である国民から見ると受け入れ難く、問題が大きくなっているわけだ。これは、食品の暫定基準についてもあてはまる。たとえて言うと、こういうことだ。

ゴジラが襲ってきました。みんな車で逃げますが、道路は 1 本しかありません。平常時の制限速度は時速 50 キロですが、ゴジラは時速 100 キロで追ってきます。そこで国は、「緊急時だから制限速度を時速 1000 Km にします」と言います。すると誰かが「そんなことをしたら、交通事故で死ぬ人が出るじゃないか」と言います。国は言います。「みんな死んでしまうよりはましだ」

では、仮に 20 mSv を撤回し、避難区域を 1mSv に設定したらどうなるのか。最悪のシナリオは以下のようなものだ。

まず、福島のほぼ全域、宮城、茨城、千葉、東京、埼玉の一部が避難区域になる。立ち入りが禁止されるため除染も進まず、数十年から数百年単位での避難生活になる。多くが西日本に移住することになるが、その多くが職を失う。住宅や食料が不足し、治安が悪化して犯罪が増え、自殺者も増える。大部分の企業は海外に移転し、日本経済が空洞化。先進国から離脱し、衰退の一途をたどる。日本の信用失墜に伴う金融危機から世界的な恐慌に陥り、やがては世界的な危機へと発展する。

これはあくまで最悪のシナリオだが、実際、原発事故発生直後は、西日本に移転する外資系企業が出るなど、このシナリオに向けて動き始めるような兆候もあった。それが大きな流れにならなかったのは、20 mSV を受け入れ、ある意味で犠牲になりつつも、福島をはじめとする汚染地域に踏みとどまってがんばっている人によるところが大きいように思われる。そういう意味では政府の政策は「成功した」のであり、すぐに平常時の 1mSv に戻すことはしないだろう。

20 mSv という数値は、このようにあくまで緊急的な数値であり、決して万人にとって安全な数値ではないが、政府はそのことをきちんと説明していない。最初から

20 mSv はこれまでの基準よりもかなり高く、犠牲になる人が出るかもしれないが、国民を守るにはどうしても必要なので、何とか皆で乗り切ろう。ただし、将来を担う子供たちから犠牲者が出ないよう、子供の被爆量を減らすための最大限の努力をしよう」

と正直に言い、1mSv に戻すまでのロードマップを示せば、ここまで国民の不信感が増大することはなかったはずだ。あの津波の惨状を見て心を痛め、復興を願う日本国民は、一致団結できたはずだ。今からでも総理大臣みずからが語りかけたらどうか。「人の心がわからない」と言われている菅総理を筆頭とする内閣では無理な話なのだろうか。


at 14:57, greenlig, 放射線

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コメント
九州男児, 2011/09/05 9:51 PM

要するに、経済のために多少東北の人が癌で死んでもいいじゃないか。って事か。

そもそも原爆150個分の放射線が放出されたのは東北崩壊と同じ事で、基準値変えればいいってもんじゃない。

安全デマじゃないだろうか。

greenlig, 2011/09/06 10:22 AM

>要するに、経済のために多少東北の人が癌で死んでもいいじゃないか。って事か。

経済だけでなく、パニックや暴動を防ぐことも含まれますが、国の(つまりは、その元になっている ICRP の)考え方は、残念ですが突き詰めればそういうことだと理解しています。宮城に住んでいる私も、ガンになる可能性はゼロではありません。それを説明することから逃げ、単に「安全だ」と言い続けたことが、国が責められるべき最大の罪だと思います。
事故から半年たつので、そろそろ「緊急時」はやめていいだろうとは思いますが。

ラベンダー, 2011/10/16 2:32 PM

関東、東北で、犠牲が出ても
仕方ない。 原発で、事故が
あるリスクは仕方ない。
戦争になったら、大量に死んでも
構わない。
簡単だな。 国民の命を何だと思っているんだ? 政府、官僚、原子力ムラが 率先して、被ばくしろ!!
それから 言え!!

もげ, 2011/10/28 11:35 PM

まあ”多少”が数人なのか数万なのかってのも重要なポイントですが。

癌で死ぬのが数人なら、そんなことより自殺対策したほうがいいわけで。

松井, 2011/12/16 9:30 AM

上の説明文のゴジラの引用の仕方はどうなんでしょ?
ゴジラは国であり東電でしょ?

実際は人殺しが「よく切れる包丁だとバレると皆パニック起こすから、この包丁は切れにくいって事にしようよ」って言ってるようなものでしょ?
そう書かないと
これだと国がゴジラと言う得体の知れない何かから国民を守ろうと苦渋の決断している正義みたいですよ?
国は人殺しを容認したとか、人殺しに加担しているとまで書く必要もありませんけど
違和感ありますねぇ

greenlig, 2011/12/16 11:46 AM

松井さんへ

お分かりとは思いますが、ここでのゴジラは「原発事故」を指しています。国や電力会社が原発をどんどん作ってきたのは、日本人がより豊かな生活を望んだからです。今までメリットを享受しておきながら、事故が起きたからといって、「自分は原発を作ってくれなんて頼んでいない」と責任を逃れることはできないのです。ゴジラは、人間がより強力な兵器を手にするため、核実験により創りだしてしまった怪物です。原発事故も、人間のエゴが生んだ「怪物」です。

国や東電の対応が十分であると言う気はまったくありませんが、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年勧告(Pub.103)の根底にある考え方は、まさに「事故が起きたら苦渋の決断をしなさい」というものであると理解しています。政府の最大の問題は、それを全く説明せずに「20ミリでも安全だ」と繰り返してきたことであると思います。

松井, 2011/12/17 10:59 AM

お返事ありがとうございます

ですがそれはつまり、以前から原発を望まない人間や今のような豊かさを望んでいなかった人間も、人間だから一括りに悪いと言う事に?

メリットを享受と言いますが、では国や東電は原発のデメリットもちゃんと説明してきましたか?
騙されて原発と言う毒を享受させられていたのでは?
昔からTVではほとんどの場合、夢の原子力と謳っていましたが?
それを鵜呑みにした国民が馬鹿だと言うのならそれは「詐欺に引っ掛かる馬鹿が悪い」と言うのと同じだと思いますが?
「人間が」とひと括りにおっしゃっていますが、今回のエゴってそんな事なんですかね?
あなたの豊かさの定義がそもそも私と違うような気もしますのでそこは何とも言えませんが

少なくとも、原発の危険性や悍ましい利権の仕組みを国民が最初から知っていた場合、その豊かさを望んだでしょうか?
「それでも豊かになるなら原発作ってくれ!」とあなたは言いましたか?
言ってないと思いますけど

今回の事でも一部の人間が私利私欲の豊かさを求めて権力で強引に推し進めた原発開発を
それ以外の人間も含めた国民全員の責任、エゴであると言うのはやはり納得が行きません
あなたの説明だと
政府が原発を推し進めたのは国民が望んだ結果だから原発推進では国は悪くない
悪かったのは原発事故の対応だけと言ってるように私は見えてしまうのです

正直分かりやすいHPの内容で読ませていただいてて感心し納得行く所の方がずっと多いです。
なので揚げ足取る形の絡みで申し訳ないとも思うのですが…
余計に何だか国の責任部分での解釈でどうにも納得がいかない所もあります。

greenlig, 2011/12/17 2:44 PM


松井さんへ

このブログを開始した理由は、「このサイトの目的」にも書きましたが、とにかく不安に怯える人にできるだけ正確な情報を知ってもらい、少しでも不安を取り除きたいということです。この記事で伝えたかったことは、「安全とはいえない20ミリシーベルトをなぜ我慢しなくてはならないのか」ということです。避難する人も残る人も、それを知った上で冷静に行動して欲しいと思ったのです。

LNT仮説によれば、20ミリはおろか5ミリでも安全ではありません。この点で政府の説明は嘘であるか、少なくとも不十分です。それでも基準を引き上げざるを得ないのはなぜなのか。その理由をわかりやすく説明するためにゴジラの例を使いました。「火山噴火」でも「隕石落下」でもいいのですが、とにかく「緊急事態」を表しています。

この「緊急事態」を作り出したのがそもそも東電や国であるという面も少なからずあるでしょうし、これまで原発は安全だと言ってきた以上、安易に想定外などと言って欲しくないというのは、原発立地県に住む者として当然です。利権の構造が報道されるにつれ、腹も立ちます。

ただ、実際に宮城に住んでいて、近しい人が死に、昨日まで訪れていた場所が津波で跡形もなくなっているのを見るにつけ、やはり人智を越えた大災害であったのも確かだと実感します。ローカルニュースは、いまでも復旧・復興と放射能の話題ばかりです。沿岸部は、復興はおろか、復旧すら終わっていません。一日も早く元の姿に戻って欲しい、それが一番の願いです。

ですが、それを妨げているもののひとつが放射能汚染です。高い堤防を作っても、潮をかぶった農地の土を除塩しても、放射能があっては産業は復興できず、人も戻ってきません。食品汚染も収まりませんし、県南では空間線量が高い地域もあります。そのような状況の中、責任追及は後でいいから、まずは目の前の問題を片付けて欲しいというのが私の気持ちです。

正直に言って、私はこれまで日本の原子力政策に関して全く関心を持っていませんでした。事故が起きて「できるなら原発はないほうがいい」とは思いますが、事故そのものの責任を追及したり、将来の電力政策というところまでは、まだ頭が回りませんし、それは松井さんのような方がやってくれると期待しています。

森, 2011/12/27 3:04 AM

この例えのゴジラは東電や政府や原発事故ではなく経済崩壊とみるのが適切じゃないでしょうか?
それなら納得される方も増えそうな気がします

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